未知の世界へようこそ!

前々回の記事で書いた大根漬け2種類、今美味しく食べてます。

ひとつは 大根と赤ピーマンの壺漬け。
イチョウ切りにしたのを一晩塩漬けして、二日ほど干し、お醤油みりん砂糖の調味液にドボンして冷蔵庫に置く。
干しあがった段階でポリポリ食べてお美味しかったです。調味液に浸けたらしょっぱくなりすぎたような。
何かにトッピングしたらちょうどいいかも。

もひとつは黒砂糖漬け。
縦に四分割したのを一晩塩をまぶして、上がってきた水から引き上げ良く拭いて、細かく砕いた黒砂糖をまぶして重りを乗せる。
ほんのり黒糖の味のする甘じょっぱい味で、お茶請けにちょうどいいような。

この黒糖液、再利用できないかと思案中。200gもの黒糖が溶けてるの、一度きりで捨てるのは嫌だ。煮詰めるか。佃煮液のときのように。


で、話はがらっと変わって、本日美容室に行ってきました。4か月ぶりです。
3月に入ったあたりから、縮毛矯正で押さえているボリュームとクセが出始めてきて行かなきゃなあと思い、予約とれたのが今日だったんです。まさに3週間待ちました。
その間、職場の女性たちはもう次から次へと皆さん髪を切る人続出。しかも長かった人がばっさり!のパターンが多い。なんか私も切りたくなっちゃってーとか言って。うつるんですかねそういう気持ちって。数えたら9人。今日の私を入れて10人です。
ひとりなどは背中真ん中より下まであったのをばっさり。なんでも髪を提供するボランティアに協力してきたんだそうです。それは30cmないとだめなんだとか。うなじが見えるほどすっきりの髪形になりました。

私はといえば、相変わらず伸ばしているので切ったのは毛先を整える程度。
伸びましたねー。どこまで伸ばします?と担当のお兄さんに問われ、
「切る気になるまで!」
前の夏、暑いさなか汗だらだら流しながらウォーキングしてたときも切る気にならなかったので、こりゃあ先は長いぞと覚悟はしていますが。

この年下のお兄さんと話すのが美容院に行く一番の楽しみ。
今日もいろんな話をしているうちに、この本を薦めたくなりました。

ヨシタケシンスケの絵本
ヨシタケシンスケ (2)

ヨシタケシンスケ (3)


このひとイラストレーターなんですが、描いた絵本が3作立て続けにMOE絵本屋さん大賞を受賞。

買ってしまった4月号
ヨシタケシンスケ (1)

そのおおまけ絵本
ヨシタケシンスケ (4)

さっき美容院の帰りに本屋さんに寄ったらコーナーができてました。
まだ読んでない絵本を立ち読み、ひとりでにやりとしたり、ぐっときたり。

代表作の「りんごかもしれない」はひとつのりんごを見て、食べようとしてふと思う。
りんごじゃないかもしれない、心があるかもしれない、きょうだいがいるのかもしれない、…あらゆる思いつくことを描いていく。
こういう発想はすごいと思う。女脳からは出てこない、男脳の代表みたいな発想。
この絵本のおもしろさ特異さを誰かに教えたいんだけど、これは女より男に薦めたい、と思っていた時に、今日彼と話をして、ああこの子にドンピシャ!
いい年の好青年をつかまえてこの子もないもんですが、かるーくひと回り以上年下だとまあそいういう感覚。いやだわ、おばさんみたいじゃないの。

で、普通の話はどれだけできても、好きな本の魅力を伝える言葉はなかなか出てこないのわたし。
気持ちが空回りして、とにかく読んで!と投げてしまう。
今回は頑張って伝えたら、優しい彼は興味を示してくれたので、作者と書名をメモに書いて渡してきました。
きっと楽しんでくれると信じて。

それともうひとつ。
ももんちゃんシリーズというのがあり、これは赤ちゃん絵本なんだけど、これがもう可愛くてかわいくて!
見ているだけで気持ちも頬もほころんでくる。
今13冊ぐらいでてるのかな。思わず大人買いしそうになりました。思いとどまりましたが。今度甥っ子に贈ろうと思います。
これも彼に薦めてきました。まあこれは勢いってことで。
ちなみにこの絵本の作者も男です。見事に正反対な絵。やっぱ買おうかな。



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活きる仕事

夕方読み終わったばかりの本です。図書館から借りてきた児童書。
『モンスターと呼ばれたリンゴ ふじ』
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【一つの品種が世に出るまでには長い年月が必要です。地道な研究を重ねて品種を作ってきた人々に光をあて、ていねいな取材で追ったノンフィクションシリーズ】

農業で生きていくための研究と勉強と探求心。
農業で食べていく苦労と苦労と労働と、報われた時の大きな喜び。

去年の夏からのウォーキングでさんざ山のリンゴ畑を見て歩きました。
この本を読んで、横に大きく枝を広げて下から支えてるのが普通樹(ふつうじゅ)という育て方だと知りました。
2、3本の枝が開いた形をしていて、そのまま伸ばすと7mの高さになるのを、4mくらいの高さになるよう横に伸ばす。幅は約5m。
ふつう樹

矮化樹(わいかじゅ)はツリー型にして、高さは3m、幅は2m。畑然として整列するように植えられています。

歩いているとき種類の違う梨の実が一本の樹にっ実っているのを見て不思議の樹だと思いましたが、それもこの本を読んでわかりました。
果樹を育てるにはやり方がいくつかあって、種から育てる『実生』、台木に穂を挿す接ぎ木は実ができるまで何年もかかります。
そして、すでに大きく育っている木の枝に穂木を接ぎ木する
『高接ぎ』という方法。これかも。きっとこれだ!
梨の木一本 (1)

今は世界各地でも作られているふじ。国光とデリシャスという明治のころにアメリカから日本に渡ったリンゴが母と父だと初めて知りました。
ふじが出てくるまでは国光と紅玉がメインで、ふじは歯ごたえよくみずみずしく、甘さ酸味もバランスよく、とても美味しいりんごだったのにもかかわらず、農家にははなかなか受け入れられなかったそうですよ。
見かけの色づきが良くなく形も斜めで生育過程でも問題が多く、実ができるまでに木が育つには何年もかかるわけで、その間収入がなくなるわけですからね。切り替える人は勇気がいります。こういうところが果樹栽培の大変なところ。

ここで新たな疑問。紅玉はまだ出回ってるのに、国光はもう見かけない。なぜ国光だけなくなっちゃったのかな?まあこれは別の話。

地付山に歩きに行ってリンゴ農家の直売所でたくさんリンゴを買いましたが、そこには初めて知るリンゴが何種類も。
思えばたくさん買ったシナノゴールドもここ何年かに出てきた新しい品種。これの親は千秋とゴールデンデリシャスだったかな。

当時黄色いリンゴが実っている木は見かけてもまれで、スーパーでも見かけなくて、いつ出てくるんだろうと思っていたら、去年爆発的に、しかも安く手に入るようになった。ここまで来るまでに、何年かかったんだろう。

ふじの前に『大粒ブドウの時代を作った 巨峰』も読みました。なんといっても巨峰は私が一番好きな果物ですから。
こちらも同じ苦労と喜びが書かれていました。

戦前戦後から果樹栽培は同じ時期に同じ危機を迎えます。
これからは新しい果樹の時代だと研究、育種を始めた矢先に戦争が始まり、果樹より生活に役立つものを作れとのお達しで木を切られ栽培できなくなり、それでも苦労して木を守り通す。
戦争が終わってさあまたこれからというときに時代は変わり、新しい農産物が外国から入ってくる。
もっと新しい、農家が生きていける品種をとさらに研究と勉強と観察を続けて…

面白いなと思ったのは、ぶどう農家は柔軟に対応して変化を積極的に受け入れていったのに、リンゴ農家は比べれば保守的。足元に火が付くぎりぎりまで現状維持の姿勢をとっていたことです。先駆者がふじの必要性を説いてもその声は届かなかったというのですから。
ぶどうとりんごのこの違い、どこにあったんでしょうね。

ともあれ、一人が良ければいいという考えでは生き残れないのでみんな一致団結協力して危機を乗り越え、今私たちに美味しいぶどうやリンゴを届けてくれる。
農産物は農家が値段をつけているわけじゃなく、市場が決めます。
消費者が美味しいと言ってくれるかがすべて。
きついと思います。生き物と自然が相手ですから。

ありがとう。感謝します。
わたしもそんな仕事をしたい。

久しぶり作ったりんごのクラフティ。焼きたてぐつぐつでまだ泡立っています。私の写真じゃ伝わらないけども。
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あの頃への扉

先週末の連休から天気予報はずっと雪でしたがほとんど降らず。
このまま外れ続けておくれと願っていましたが、昨日の朝からもさもさ降り。今日も一日降っています。
NHKのテレビ画面は朝から情報を青枠で流していました。今は消えましたが。
今(夕方4時)の気温は長野市は-4,3度。今朝の最低気温と同じです。この後もっと下がる予報です。こたつからでているこの右手は冷え冷えです。積雪は11cm。

何で毎年この日程でセンター試験やるんでしょうね。悪天候の特異日と化してます。前か後にずらせばいいのに毎回思います。
今回このセンター試験に友人の娘が挑んでいます。
昨日はその兄が成人式で、県外で行われる式に出席するため友人夫婦は朝早くから出かけていきました。よりによって大雪警報が出ている地への出発でした。ぎりぎり間に合ったようでよかった。

生まれた時から知っている子どもたちなので、何か感慨深いものがあります。赤ちゃんだった子らが、今自分の進路に悩みつつ成長してここにいる。
今のこの子たちと同じころの自分を思うと、当時と心持ちは変わっていなくて昨日のことのようにその光景が広がる気がするのに、それはこれまでの間に脳が加工した記憶で、それが『思い出』というものなのでしょうね。

お正月に買ってきた今江祥智のショートファンタジーを少しづつ読んでいます。
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やっぱり子どもの本は字が大きくていいです。
読みやすいというのはもちろんだけど、和田誠の挿絵も楽しめるし、何より子どもと同じものを読んでる感じがいい。
同じ中身でも文庫本に収められてる童話は読んだ気がしなくて。

それにしても、今江祥智の童話ってシュール。それとも童話ってこういうものでしたっけ。
子どものころはその感じが好きで何度も繰り返し読んだと思うんです。和田誠とか長新太の絵も大好きで、この絵だから読んでいた、ともいえる。

今この年になって改めて読むと、大人がこれを書いたということに驚くばかり。
私は頭も考え方も固くて柔軟性がなく、想像力がなく、超保守的。
大人になる間にそのような脳になってしまったのでしょうね。子どものころは童話作家になりたいなんて夢見てたころもあったけど。

今読む今江祥智の童話はそんな私の脳を少しづつ解してくれるよう。
この人のお話にはこの人の大好きなイヴ・モンタンとか戦艦ポチョムキンとか、ルイ・アームストロングとかが普通に登場します。
きっと子ども向けに書いてるという意識はなかったんだろうな。
この人の作品で出会ったモンタンやルイで、私はシャンソンやジャズと出合った。最初に買ったカセットテープは中学の時、ルイ・アームストロング楽団の曲だった。

子どものころに読んだ本、今こそ読み返してみようと思います。
新たな発見が続々出てきそうです。

雪の景色
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買い物初め

元旦に座り続けて過ごし、翌二日は久しぶりに2時間みっちり歩いて。そのせいなのか何なのか、腰が痛い…
明け方みしりっとキて目が覚めました。まずい…

ということで、無理せず軽ーく買い物ウォーキング。歩き始めはそーっと腰を気にしつつ、痛みが出ないようなので軽快に。
私の腰痛は座っているより歩いてるほうが楽なのです。
で、年明け最初のお買い物に向かったのはBOOKOFF。
明日4日まで20%offセールです。

買ってきたのはこちら。
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児童書ばかり。原点回帰の気配。今江祥智、谷川俊太郎、松谷みよ子は今の私を作った大きな一部です。
子どものころから大好きな作家、その作品を今の私が読むとどう思うんだろう。

前来た時にチェックしておいた木かげの家の小人たち・いぬいとみこ は売れてしまっていました。見つけた時に買っておけばよかった。
再読するのがこわくて買えなかったんだ。続編のくらやみの谷の小人たちのほうがこわかった気がする。
今ならちゃんと受け止められただろうか。
そういう意味でいうならば、ふたりのイーダも読み返すには覚悟がいるのだけど。
山んばと空とぶ白い馬も好きで何度も読んだなあ。お茶に飛び込んできた虫をむしゃむしゃ食べてしまうシーンが衝撃だった。
思い出すときりがない。

と言いつつ、この中で一番興味惹かれてる本はこちら。
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興味の方向が変わった気がします。
今年の私はどこに行くのでしょうか。楽しみです。


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お大切

風穴をあける 谷川俊太郎
お大切 (4)


お大切 (5)

今月の新刊とありますが、そうではありません。
奥付を見たら平成18年11月25日 初版発行。10年前の新刊でした。
ちょっと前に積ん読本の中から引き出して読み始めました。
一日数ページずつなのでまだ読了してないんですが、この数ページずつというのがちょうどいいようです。

谷川俊太郎の言葉は詩もエッセイも読み流しにできないもので、
目でくいつくように読みます。
だから集中できないときは、今は読む時ではないと判断して寝かせておく。この本10年かかったんですね。

「愛」と「お大切」 という文章にこうありました。

たとえば愛という言葉は、初めて(確かポルトガル語から)そのような概念が輸入されたとき、ある宣教師によって「お大切」と訳されたと聞いています。今でこそ愛という言葉も、たとえ人によってまちまちであるとは言え、ある映像を喚起するまで日本人の語彙の中に生きているかもしれませんが、それでもまだ私たちには「お大切」ほうが心と体にしっくり来るような気がします。

お大切。なんていい言葉だろう。
心と体にしみいるように落ちました。

愛というとなんだか大きくて広がりのあるもので手に負えない感が私にはあるのだけど、
お大切というと、ごく私的でささやかなものやことやひとに対する内から湧き上がる気持ち。
相方や猫たちや友人たちに対して愛しているという言葉はしっくりこないけれど、お大切と思うと、まず浮かぶ。

たとえば、前見たことのある、これから苗を植え付ける前の黒ぐろとホカホカとしたお布団のような畑の土。
見た瞬間『美味しそう!』と声をあげてしまった。ここで育てられる野菜は美味しく育つに決まっている。
この土を作ったひとの気持ち。ここで育てられる野菜たち。お大切そのもの。

毎年この日が近づくにつれ、ひたひたと再燃する後悔の気持ちを鎮めるために、この言葉を知ったのじゃないかと思う。

しろの3度目の命日。わたしのいつまでも大切な猫
お大切 (1)



午前中、腰痛をピリリと感じながら歩いた道すがら、発見。

オオイヌノフグリ
お大切 (2)

春の使者 小春日和に だまかされ


お大切 (3)

三枚娘 そこだけクリスマスカラー



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